どこにもいけない。
目下リンクゾーンにある『こつこつ』で絵の練習してます。
□□□枕投げとカレイドスコープ
「あっ白髪」 続いて頭皮に軽い痛みが走り、何かがぷつんとはじけた。 「き…貴様は何を!」 「え~、だってさ目についたから」 こともなげに青年は言い、指先に挟んだそれをしげしげと眺めている。南条もつられて白く褪色した、かつての己の一部を見た。奇麗に真白なそれは、まだしっかりと根元に毛根を残していた。道理で痛いわけである。 「白髪は無理矢理抜いたら駄目だと、知らんのか」 「あ、そうなんだ。知らなかったよ悪い悪い」 ちっとも悪びれた風もなく、相変わらず摘まんだまま様々な角度から見ているものだから、まるで自らの恥部を観察されているような錯覚に陥った。 「あっ」 骨張った手から奪って、ソファから立ち上がりくずかごまで向かう。当然のごとく未練もなく捨てていると、あーあ、などと馬鹿げた溜息をつかれた。 クロームのピアスを片方だけ提げた青年は、玩具の代わりなのか、今度はそちらを弄っている。まるで猫の代替行為だな、と南条は思った。 「お前の部屋は隣に用意させたから好きに使うといい。荷物だけでも置いてこい」 「俺は別にここでもいーけど」 「馬鹿者!去年の事を忘れたのか!」 「ああ…」 南条以上に旅烏の彼はとかく荷物が多い。実家に戻る前にエルミンのメンバーが迎え入れてしまうと大概が民族大移動かと見紛うばかりの荷物と彼がやってくる。南条の家ならまだいいが、手狭な上杉の部屋は足の踏み場が消え去ると聞いた。 去年は彼を自室へ引き取ったのだが(これだけ部屋があるにも関わらずだ、まさに医者でも草津の湯でもというやつだ)、夜半、フットボードの照明を面倒がり、勝手知ったるつもりで起きた南条は盛大にこけた。彼も気遣って机の脇に置いたらしいが、その机に用があったのでどうしようもない。したたかに椅子だか調度品だかに膝を打ち付け、唸る自分を置いて彼は昏々と眠っていた。 「だって疲れてたしさ」 「起きろとは言っていない!置き場所を考えろ!……去年の話だが」 だから今回、部屋は別に用意してやった。それなのに人の気も知らず勝手なことを言う。荷物だけでも何とかしろ、とわざわざ言ってやったではないか。「だけ」をあらためて強調すべきなのか否か、眉間に皺を寄せていたら、またしてもぷつん、とやられた。 「痛…っ」 「あ、つい」 「だからつい、じゃなかろうこの痴れ者がぁああ!」 高校時代ついぞ言われたことのない形容をピアスの青年はけらけらと笑いながら、受ける。 「南条らしくていいねソレ」 「…貴様は…からかっているのか…!」 「だってその触角のところにあったんだ。目立つでしょ」 ストレス溜まってるんじゃあないのとうそぶいた親友を、大事な前髪を押さえつつ八割方真剣怒りをもってに睨めつけた。 「目下の原因は貴様だな」 「ごめん」 「分かったらさっさと置いてこい」 彼はさ迷わせていた手をまたピアスへ持っていき、ローテーブルの上にあった封書を取り上げた。封は切られている。 南条の先々代だか、さらに前だかから仲たがいをしている縁戚の、当主の訃報だった。密葬で終わらせた、構いなく、と素っ気ない文面が慇懃に綴られている。無くなった人物はまだ若いと記憶している。確か高校生の子どもがいた、ような---、 「…おい」 「はい?」 「寝るのは、別にここでいいんだからな。好きにしろと言った筈だ」 文面を見るでもなく紙を弄ぶ姿に微かな予感があった。普段は南条以上に冷静な彼が、稀に落ち着かなくなるとみせた仕種。 親友はぱ、と上半身を正した。素早く無駄のない動作で立ち上がり、 「うん」 と一声答えて荷物を担ぐ。さっさと出ていく後姿には先程までの倦怠感はない。 あまりの変わり様にしばし呆然とした。 「…なんだあいつは……、わかりやすい…」 呟いて、くく、と笑う。わかりやすい、のはお互い様だった。昨日逢ったようにも、幾年も離れていたようにも思うのだ、と園村麻希は言っていた。確かにその通り、変わりなく繋がっていると願うから、短いと思い、恋しいから、長く感じるのだ。まるで万華鏡のようだ、と柄にもないことを考えた。 筒に煌めく色とりどりの火薬は回すたび形が変わる。そのものはいつだって同じ。 きっと自分も、彼も---。 廊下の照明がさっと部屋を照らし、青年の影が切り絵のように浮き上がった。 彼の両脇には羽がたっぷり詰まった枕が必要以上に抱えられている。逆光で不確かながら、どこか稲葉や上杉を彷彿とさせる笑い方。 南条はすべての感傷を捨てて、もてる最大限の早さでベッドへ向かい、駆けた。 PR 2009/06/19(Fri) 20:14:55
|