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どこにもいけない。 目下リンクゾーンにある『こつこつ』で絵の練習してます。
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2025/06/18(Wed) 04:11:08
「まぁ、ちょっとはこうなるんじゃないかなって思ってましたよ…」
「………」
「先輩、6月生まれだし。梅雨だし。」
「…………」
「若干陰湿だし」
「少し待て」
柚木は湿気ゼロ、冷房にすれば18℃急風の声を出した。ちっとも地球にエコじゃない声音。


□□□いすゞくれづき・番外

江ノ電の某駅に二人はいる。外は雨筋が見えるくらいのどしゃ降りで、水のカーテンに透けた木々はそれなりに情緒があって綺麗だった。
大した両数もないのにホームは妙に長く見えた。先はやがて線路に変わり、住宅街と緑、その先の海へとすう、と吸い込まれている。平日の、まだ高校の下校時刻には少し早い。柚木は講義がなく、香穂子は選択科目で空きの日に、かねてからの約束で出掛けることになった、のだが。
横浜を出て鎌倉方面に差し掛かった辺りで曇り空はますます範囲を広げていき、雲は分厚く濃くなった。駅舎に入った辺りで耐えかねたように一粒、滴が落ちると、後はなし崩しの急雨になってしまった。久しぶりに逢えた彼氏そっちのけではらはらと空を見上げていた香穂子は分かりやすく落ち込んだ後、―――なんと怒り始めた。

降水確率10パーセント、午後いっぱいの曇りの筈がしっかり雨になったのは、なんと柚木の、所為だと言う。
「聞き捨てならないことを言うね…。誕生日祝いに責められている気分になるよ、日野さん」
「…先輩が雨男だから」
「……」
そんな俗説に基づいた非難は受け付けておりません、と柚木は言いたかった。声を大にして主張したかったが、完全な否定は何となくできなかった。あくまで何となく。
「前にデートした時も雪だったし」
「あの日は前から降るって言ってただろ」
「クリスマスも結局どか雪だったし」
「あれは俺じゃなくても」 降る設定なのだが大人の事情で最後まで口には出来ない。
夏日の晴れが似合うのはきっと火原や土浦なのだ、それは理解できている。加地はどうでもいい、この際でもどの際でも。ただ自分がぎらぎらの直射日光や波の寄せ返る湘南のビーチ、眩しく光る白い歯、浅黒い筋肉とあまりご縁がないのは事実だ。柚木だってあまり御近づきになりたくはない。しかしすべての雨天を自分の所為にされると、参ってしまう。
「それに、どうせ電車だから雨は関係ないだろ」
ぺたりと首筋にまとわりつく髪を払いのけながら素で吐き捨てると、香穂子は伝染したように鬱陶しげに手をうなじへ遣った。アップに纏められた赤い糸のおくれが少女の指に絡む。慌てて腕を降ろしていた。
いつにない癇癪を柚木は不思議に思った。大抵香穂子は我慢の子で、喧嘩をふっかけてやったり、柚木が余程の理不尽を強いなければ本音を仕舞ったままのこともある。今日はめちゃくちゃを言っているのはむしろ彼女の方だった。
「でも…」
屋根をばたばたと叩いて弾ける雨音に混じって消えそうな呟きに、柚木は眉を僅かに寄せた。
「でも、なに」
「でも海…」
「そんなに行きたいなら傘さして行けばいいだろ」
柚木の誕生日祝いの『お出掛け』は、あくまで香穂子が柚木を連れて来ている、という方式をとっている。私の行きたいところじゃお祝いにならないじゃないか、と反論する彼女に、まさか天羽経由で色々受け取ったのだとは言えず、
『お前が行きたいところでいい』
『俺がいいと言ったらいいじゃないか』
と我ながら薄ら寒くなるような返答で説き伏せた。その結論が、海。それから電車。
「花火みたいに雨が降ったら駄目になるもんでもない。足元はひどいことになるだろうけどね、いやならやめればいいだろう」
探るように下で唸っている恋人を見れば、唇を尖らせてむくれていた。まるで子どもの八つ当たりだ。
(「……そうか」)
「八つ当たりか、お前、それは」
細い肩がぴくんとぶれる。恐る恐るといった風情で蜜色の双眸が柚木を見上げた。腰に手を当てふんぞり返った自分と目が合った途端、すぐに逸らしてしまう。
「…香穂子」
彼女にとってのスペルバインドは柚木が呼ぶ彼女自身の名前、なのかもしれなかった。より一層硬化した動作で、物言いで、ぎこちなくぽつりと言う。

「手が繋げない」
「………」

沈黙。
「傘が邪魔になるから」
「…やろうと思えばできないことはないだろ…」
あまりの理由に柚木の返事すら馬鹿げたものになってしまった。目眩がする。駅舎の柱に寄りかかって、何でもないふりで深呼吸。

手が繋げないから。

「お前何か悪いものでも…いや、そうじゃなくて」柱よりベンチに掛けてしまった方が良かったのかもしれない。「海で、そういうことしたかったのか」
段階をふっとばした結果、比較にもならないようなことは幾つも体験済みだ、それを今更。
「…たまには」
その手の古典少女漫画的思想を恥じ入ることなく、香穂子は視認できるほどの雨粒をぼんやりと眺めている。天候の所為か、精神的なものの所為なのか、線路側に進み出た後ろ姿は萎れて見えた。

やがて、水飛沫をあげながら電車がホームへ滑り込んで来た。風はあまり強くないから終点だろうが折り返しだろうが幾らでも、きっと乗れる。姿勢を正し、歩み出すと風圧に揺れる少女の背を、そっと支えてやった。
「……今日は電車で我慢しなさい」
「先輩はそれでいいんですか」
先輩の誕生日なのに、と。乗る素振りをみせない二人を不審そうに横目で流しながら初老の女性が乗り込んでいく。
「またの機会ができたと思うさ」
色々と恥ずかしい台詞が思い浮かんだけれど流石にやめた。それに事実には違いない。理由がないと何も出来ないなら狭隘なことだが、言い訳のストックくらいあった方が楽なこともある。背中から肩へ掌を移してゆるく擦ってやると、引き寄せられたみたいに香穂子は近くにやってきた。俯いたままなのが可愛いやら腹立たしいやらだった。せっかくの時間を無駄にするつもりはない。不本意ながら、(あくまで仮に、だ)身から出た錆だとしても。
「それに今日が雨なら次に来たときはきっと晴れてる。…お前の気合い次第だけどね」
「…?」
不思議そうに顔を凝視してくるので、電車へと促しながら笑いかけた。
「ね、晴れ女」
泣いた烏が笑った、の言葉の通りに少女の面が明るくなる。柚木の親友と同じくらい、晴天が似合う女。くだらないジンクスも香穂子に掛かれば現実になってしまいそうだ。
「今日だって気合い入ってたのに…次は手加減してくださいよね」
冗談か本気か、柚木のシャツの裾を引きながら言うので、
「…ま、頑張って」
と軽く小突きながら返事をしてやった。雨の海岸で傘を差しながら歩くのもそう悪くはないかも、と考えながら。

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2009/07/13(Mon) 11:04:36
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