どこにもいけない。
目下リンクゾーンにある『こつこつ』で絵の練習してます。
□□そらのうえはきっと/STAR FESTIVAL 「さいるいうって言うのよ」 ぴんと来なくて鸚鵡返しに聞いてしまう。サイルイウ? 察しの良い彼女は電話口で小さく笑い、催涙弾と同じに書くのだと教えてくれた。情緒がなくなりますね、とひっそり眉をしかめる面差しが容易く浮かんで、胸の中じんわりと甘く、苦しくなる。 「今日みたいに七夕に雨が降ると、織姫と夏彦は逢えないでしょう?だから涙を催す、で催涙雨」 因みに前日の雨は洗車雨と言う。逢瀬を前にして、川を渡る車を男が洗うからなのだと、昨日教職論の授業で先生が言ってた。男はいつの時代もまめなやつがもてるんだとか何とかぼやいていたけど、オレは自分だったら、次の日もその調子で雨になったら凹みそうだな、なんて考えていた。あれ、でも天の上で車を洗ってるから、その水が落ちて、オレたちは傘が要る訳で…。 あ、ちょっと訳わかんなくなってきた。 「な…夏彦って牽牛のことだよね」 「そう」 昔、それこそ保育園で七夕飾りにじゃれていた頃から、ちょっと今に近づいて高校時代の中程まで、俺の中で牽牛はケンギュウ、だった。別に知らなくても死んじゃったりはしないけど、知ってたら彼女に「ね」って言えるようなことを教えてくれたのは親友だったり香穂ちゃんそのひとであったり。 「今年は逢えなかったんだね、織姫とナツヒコ」 「そうなりますね」 そして香穂ちゃんはちょっと黙った後、 「…でも、もしかしたら天の上は晴れてるのかもしれない」 と言った。彼女の一言はオレの疑問にこつりと当たる。 「そうだよね!だってさ、雲の上ってずっと晴れてるから変だなと思って…」 だったら二人が天気の所為で逢えない日はなくなる。あれ、でもこれも何かヘンだ。 「…科学の時間とおとぎ話がぐちゃぐちゃだわ、せんぱい」 「今瞬間すっごいあたま痛くなった!」 「あはは…わたしも」 寄っ掛かる窓の外は梅雨を引っ張った雨がだらだら続いている。大学の夏休みは長くて、2ヶ月くらいある(その前に恐怖の定期試験だ)。初めての夏休み特大号だけど、香穂ちゃんにとっては大事な中盤戦だ。今年の夏はオレが我慢する番――って、去年もうずうずしてたのはオレの方、かな。 彼女のことになるとオレの堪忍袋の緒(そういや袋の緒ってなんだろ。ヒモみたいなものかなぁ)はすごく細く脆くなるんだ。 「堪忍袋じゃなくて忍耐力じゃないの」 「あ、そうそう、多分そんな感じ…」 声のトーンが変わったのはきっと照れているから。掠れてちょっと怒ったみたいな声音になんだかぞくぞくする。 逢いたい。 外は雨だ。この闇空を不思議な灰混じりにしている雲の上は、カガクテキにはいつでも快晴で、歩いてだって渡れてしまうかもしれないのに。 何か喋ろうとしても「あいたい」しか言えなくなっていて、思わず口をつぐむと香穂ちゃんまで黙りこくってしまった。耳にあたる機械だけがどんどん熱くなっていく。 「…あいたい」 「え、」 オレの心を電波が届けたのか、と錯覚するタイミングで小さな小さな香穂ちゃんの声。聞き過ごしてしまいそうになったのは、すぐに凛としたいつもの調子が追いかけてきたからだ。 「…なんて無理ね。忘れて、和樹先輩」 「わ…忘れないし無理じゃない!」 例えば七夕なのに雨で残念だね、ってメールして、折り返しに電話が掛かってきた時からどこかでこうなればいいって思ってた。そうばらしたら君は怒るかな。 「終電まだ間に合うし、ファミレスだって開いてるし、香穂ちゃんが待ってくれるなら」 歩いてだって。 「いいよ、って言って。だから」 君も同じだったんだって、もう一度でいいから確かめさせて。顎に携帯を挟んで、椅子に引っ掛けてたジーパンを片手で掴む。かずきせんぱい、と対岸からオレを呼ぶ手は自分を甘やかすふりで多分、オレのことも赦してる。 「……きて」 天の川を抱える空の上はきっと、いつだって晴れている。 PR 2009/07/08(Wed) 23:20:21
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