どこにもいけない。
目下リンクゾーンにある『こつこつ』で絵の練習してます。
改装の時にぱちにしようと思って延々と暖め過ぎて孵化して飛んでっちゃったSSがあったのであげときます。加地×日野です。
■■痕
「あなたって、ひとは!」
おはよう、とかおはようとかおはようとか。朝一番初めに顔を合わせて交わす言葉はそれに尽きるだろうに、赤い髪に負けないくらい頬を紅潮させた彼女は加地を見つけるなり怒声を吐いた。
「おはよう、香穂さん」
「おはようじゃない!」
流石にヴァイオリンは丁重に机脇の荷物置きへ、しかし哀れ鞄はびたりと机の上に叩きつけられた。何をするにも怒りを主張しないと気が済まないらしい。乱暴に椅子を引き、腰掛ける。勢いよく腰掛けた所為でスカートの端が翻った。昨夜、加地の指に熱を伝染された脚は、今はしろい。
加地も椅子の位置をずらして真っ正面から彼女――日野香穂子に向き合う体勢をとった。知らず知らずの内に笑みが零れていく。自覚してからも止めようとは思わない。何処をみても非の打ち所のない愛しい少女。遠景として見るしかなかったのに、今は手の届くところ――否、手の中にある。
にこにこしながら次の言葉を待つ加地に、一瞬、香穂子は毒気を抜かれたような惚けた顔になった。が、何とか立ち直ったようで、己の首筋へずい、と指を突きつけて見せた。
「これ!」
「これ?…どれ?」
薄金の髪が傾いだ首にあわせて落ちる。
「ここ!この首のとこ。…よくもやってくれたわね」
椅子ががたついたが、加地は物臭に腰掛けたまま少女へと躙り寄った。目標を捉えやすいように、と香穂子はくれないの髪を掻いて一纏めに背へと垂らす。耳から項から、肩までのラインがきれいに露わになった。
「………」
加地は思わず周囲を見回して。朝のHR前、クラスメイトたちが各々の会話に気をとられているのをしっかり確認してから、反った白い肌を存分に眺めた。他の誰かが見ていたら即やめさせようと考えていた。恥ずかしいから、ではない。自分以外の「他の」「誰か」になんて見せてなどやるものか。
「別にいつも通り、きれいだけど…」
「そ、そんなこと、云ってないでしょう!」
普段の無感動無表情ぶりが嘘のように、今朝の香穂子はよく喋るしよく怒る。それだけの原因が今指し示されている場所にあるのだと、加地はもう一度視線を戻す。勿論、許されればいつまでだって眺めているのだけれど。
「ほら、赤くなってる!」
「……ああ」
堪りかねて遂に香穂子は答えを口にした。耳から真っ直ぐ下へ降りた、首の途中。紅い痕。
昨日、加地がつけた所有のしるし。
「本当だ。しっかり残ってる」
「そうよ。洗っても擦ってもとれなかったわ」
「当たり前だよ。圧迫されて付いてるんだから、洗ったり擦ったりしたら余計痕に…」
「冷静に指摘しないで!!」
登校前にも風呂に入ってきたのか、石鹸と彼女の甘い香が混ざって鼻腔を擽った。あまい、と少し靄掛かった頭で考えていたら、ざっと長い髪に打ち据えられて。最早苦笑しか出ない。
「こんなどうともならない場所につけないで頂戴」
「髪で隠せばいいよ。ほら、こうやって」
「触らないで!」
ぱし、と軽く頭が叩かれる。全然力が入っていない。ヴァイオリニストの大切な手をこんなことで駄目にしたくはないのでいいのだが――――
だらしなくやに下がる顔に歯止めが掛からなくて、困る。
「絆創膏とか。ほら、僕持ってるからあげるよ」
「そんな如何にもなこと出来るわけないでしょう!」
要するに対策が無いから取りあえずの怒りを加地にぶつけたいだけなのだ。少しは悪かった風をみせれば香穂子の気も済むのだと分かっている。分かっては、いるけれど。
朝起きて、鏡を見て加地の唇の押した焼印を見つけて。
赤くなったり青褪めたり、慌てて風呂へ飛び込んで必死になって擦って。
きりきりと歯を噛みしめながら開口一番何て文句を言おうか考えながら歩いている、香穂子。
(「…可愛い」)
すべての行動が手に取るように分かってもう、可笑しくて、愛しくて。
しかし今のタイミングで云ったら、火へ油どころではない。爆弾に着火するようなものだ。
(「しばらく怒らせとこ」)
怒った彼女も珍しいのでこの機会に堪能しておこう、と。
何をされても嬉しい加地はうっとりと蕩けた笑みを浮かべながら「ごめん」を繰り返した。
その後、ファンデーションでも使ったら、とあまり男には頂きたくない助言を貰い、気の回らなかった自分の迂闊さに香穂子は落ち込んで。そんな彼女を加地が必死になって慰めたりしたとか。
PR 2008/06/30(Mon) 02:52:44
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