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どこにもいけない。 目下リンクゾーンにある『こつこつ』で絵の練習してます。
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2025/07/09(Wed) 00:43:52

私がこうやって連続投稿してんのって、却って不吉ですよね…。すぐに弾切れを起こす(苦笑)。
地日SSです。ちょっと暗い。


■全能の藁
 

泣かせているのは自分で。
泣いているのは彼女。
 
「―――もう、やめて」
 
突然組んだ脚へ顔を擦りつけて香穂子はそう云った。声には涙が混じっていて、間違いなくそれは嗚咽だった。
あまりの展開に右手のヴィオラを床へ落としそうになる。落としたんじゃないか、と錯覚して、未だ手の中に守られていた質量と、いつになっても破壊音のしない床のお陰で誤りだと知る。慌ててピアノの上へ横たえた。
 
数秒前まで何事もなく練習していた筈の彼女は、壁に背を擦りつけたままずるずると座り込んでいた。脚を三角に折って座り、表情を悟られたくないと云わんばかりに、顔を間へと押しやって。
「どう、したの、日野さん…僕、なにか」
まずいことでも、と云い挿す加地の、声を遮断するように弓を持ったしろい手が耳を塞ぐ。香穂子のヴァイオリンは床に投げ出されていた。彼女の手を離れた瞬間ただの無機物になるそれ。
「わたし、加地君の云うような人間じゃないから」
「そんなこと、」
 
ないよ―――。
 
いつも二人の間で繰り返されるやりとり。
初めははにかむようだった否定の言葉は次第に頑なな響きを帯びてきていた。『魔法のヴァイオリン』なるものの存在を、彼女が明かしたのは少し前のこと。それすらも包んで加地はすべてを肯定した。
他の参加者が見えるという妖精は、まだ加地の目に映ることはない。妖精の存在は―――完全に信じていると言い難い。何せ視認できないのだから。加地にとっては妖精が居る真偽より、自分が音楽の体現であろう何かを認めることが出来ない方が重要だった。
そしてこの先、見ることが出来ないとしても当然の話だと思っている。
何せコンクール参加者と己の間には限りない隔たりがあるのだ。時に才能、の一言で済まされる溝は、当事者にはどれだけ深く絶望に充ちていることか。
 
『魔法のヴァイオリン』にしても同じ。加地と出逢う随分前に壊れてしまい、現在彼女が操るヴァイオリンのA弦に名残があるのみというそれをどうやって信じれば良いのか。まして『魔法のヴァイオリン』の事は妖精と香穂子だけしか知らないと云う。他の参加者に確かめようもない御伽話の真実を確かめるより、奇跡に似た何かを享受するに相応しいひとなのだ、と納得する方が先んじた。
 
何から何まで凡庸な己とは違う。
だから、惹かれた。
 
注意深く床に伏せたヴァイオリンを避け、少女に近づく。次に両脚を踏み越える。体育座りを保つ気力すら失せたらしく、しろい脚はばらばらと投げ出されていた。
しゃがみ込んで、そこだけは硬く顔を隠す細い手首を掴んだ。あくまで優しく触れたつもりが自分の感情を反映してか、手首に指を絡めた瞬間、己の体が強張る。香穂子の体も伝染したように、びくり、と震えた。
加地は努めて知らない振りをする。自分が緊張していることも、香穂子が接触に恐れを感じていることも。
「不快にさせたのなら、謝るよ。…でも、僕にとって、君の音楽は本当に天上の音楽にも等しいんだ。こういう云い方はやっぱり嫌い?それとも現実感が無さ過ぎるかな」
 他の女の子が瞳を煌めかせて喜ぶ言葉も、香穂子にしてみれば困惑の種にしかならないのだろうか。ならば、もっと単純な台詞を、細い身体が埋もれる程に、もっと。
「好きなんだ、君が。だいすきだ」
ねぇ、分かって、と。畳みかけるように加地の喉元あたりで震える、呉藍の髪の持ち主へ囁きかけた。少女は緩んだネクタイが垂れる胸へと、こうべを擦りつける。厭々をする様は頑是無い子どものようで、よわくあわれで、愛おしい。
「例えずるをしたとしても、何をしても、ヴァイオリンを弾いている君がすきだ。弾いていなくても、すきだ。とにかく君なら」
 もう何を囁かれているのか、香穂子は分かるまい。常の金属質の鋭さも、判断力も言葉の海でずぶずぶに蕩かされて失くしてしまえばいい。
一つ処を頼りにするということは、それ故の強さと弱さが備わった両刃の剣なのだ、と加地は痛い程知っている。月森にしろ、香穂子にしろ。少し足を払われて、地面がゆるいと、彼らは時に立ち上がることが難しくなる。
 彼女がずるをした、と云い張るのなら、加地がどんなに否定しても聞く耳を持たないのなら、当座、肯定しよう。助けてくれと乞われれば手をのべ、辛いと涙を流すならそれを拭う。今更焦ることなんて何もない。ゆっくり、時間を掛けて。いつか隣に自分が居ることが、香穂子の当たり前になればいい。加地は彼女の支えになれる。コンクールメンバーが決して出来ない方法だって、とってやれる。
 
ヴァイオリンがなければ、香穂子はこんなにも無力だ。ヴィオラがなくても、自分は何とか立っていられる。
 
香穂さん、と駄目押しで名前を呼ぶと、藁を掴むように、加地のシャツを少女が掴んだ。その脆さをも、逃すまいと抱きしめた。
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2008/08/21(Thu) 23:09:13
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