どこにもいけない。
目下リンクゾーンにある『こつこつ』で絵の練習してます。
この前のかじひのと同じ、拍手SSになる筈だったのが飛翔しちゃった奴です。
柚木×日野。何か二人の狭い世界で生きているような二人です。 ■■凋落 一体自分は何をやっているんだろうか。
何処へ行くのだろうか。
この先どうなるのだろうか。
一年前の柚木であれば易々と――年齢に不相応の皮肉な笑み付きで――答えを出せた問題は今や難問となって彼の中にしっかり根付いて。
それがむしろ喜ばしいのだから、重傷ここに極まれり、だった。
「俺は一体、何をしてるんだろうな」
独り言のつもりが少し離れたところでヴァイオリンを拭いていた恋人に聴かれていたらしい。首がこっくりと傾いで、楽器を手早くしまった彼女は身軽に駆けてきた。
「はい?」
ベンチに腰掛けた柚木は、立ち上がることはせず彼女を仰ぎ見る。日野香穂子。すべての、最大の原因。元凶と云い変えても差し支えない、おそらく。
かつての彼自身は、今の柚木を凋落者だと嗤うだろうか。それとも羨望の眼差しを向けるのだろうか。
家業を継ぐか継がないかは保留中、継いでもフルートは止めない、祖母の決めた婚約者候補とは結婚しない。家は中流、頭の出来は異星人、可愛らしいかもしれないが群を抜いた美人では、無い。余人を除けるヴァイオリンの才を匂わせるが、まだ未知数だ。恐ろしいことに柚木の天秤の片方には彼女だけが座っていて、脚をぶらぶらさせていて。反対側の皿には今まで柚木が必死に守ってきたすべてがごっそり載っている。おそらくもうじき、
それらの品々は豪快に地面へ衝突して粉々になってしまうのだろう。厭な予感だけはよく当たると、昔から決まっている―――「厭」?
厭、なのだろうか。
「お前の所為で俺のすべてが台無しだ」
「……?」
額面通りに受け取れば香穂子が落ち込みそうな台詞を、黒髪の少年は悪意の欠片も無い笑顔と共に云った。ので、彼女は意味をはかりかねてさらに深く首を傾げる。
「せんぱい?それって…」
「正しく云えば、俺がすべてだと思ってたものが全部お流れだ」
手を伸ばす。やわらかい頬が触れる。香穂子は擽ったそうに身を捩って、それがやや遠い距離の所為だと、呼ばれているのだと勘違いして柚木の膝すれすれの所まで近寄ってくる。ただ触りたいだけだから触っているだけなのに。
冬の冷気で凍えていた肌がゆっくりと温かくなっていく。頬から耳元を執拗に撫でる柚木の手へ、香穂子のそれが添えられた。
「御免なさい」
「……え、」
耳へ届く度、居場所を探す癖がついた。その、声。
「何、だって…?」
「ごめんなさい」
愕然と俯いた顔を、表情を探った。引き結ばれた唇がまず目に飛び込んできて、己の迂闊さを呪う。
謝らせたい訳ではないのに。香穂子ひとりで、出来ることではないのだ。
自分という共犯者が居て、この天秤の不釣り合いは初めて成り立つのに。
「……って、云った方がイイ?」
見慣れた膨らみの端はさも可笑しそうに吊り上がっている。
今度は柚木が顔を伏せる番だった。まんまと騙されるところだった、否、紛らわしい発言をした自分が悪いと云えば悪いのだが。
少なくとも香穂子は後悔していない。目を離した寸前、彼女の眉はしっかりと寄せられて、けれどそれは悔いや謝罪故のものでは無く。蜜色の双眸が宿していたのは揺るがない意志。
柚木の手を引いて、何処かへも行こうという。
「…いや、」
柚木は笑う。
「……謝ったら、許さない」
いとも簡単に秤の一方の豪奢を凋落せしめ、己の載る皿を地へ押しつける。手は繋いで、ビロウドの闇の前でさぁ行きましょうか、だなんて明るい声音で聴いてくる。何て傲慢。駄目にしたものがどれ程の価値であったか理解しているのだろうか。
それらの輝きを、十八年の間しるべにしてきたものをただの一年で損なわせた。全くの無価値と云いきる迄に、残念ながら柚木は悟れない。けれど少女の座る皿は確かに地へ。
(―――君に壊されるのなら、何物をも。)
PR 2008/08/12(Tue) 05:00:32
この記事にコメントする
|