どこにもいけない。
目下リンクゾーンにある『こつこつ』で絵の練習してます。
携帯から初めて投稿小説。うまくいくかなー?
ペルソナです。13年ぶりのおかえりなさいを込めて。 腕時計を見た。短針は水平から随分と下に折れている。3時には駅に着くと聞いていたからバイクを走らせてやってきたのに、それと思しき影は形もなく、南条は僅かに苛立った。 彼らが高校の時分、重く扱いづらく、ごく一部の人間が使っていた携帯も押し黙ったまま、既に小一時間は経過している。この機械がセベク事件の時に普及していれば、と後々仲間内で馬鹿を言ったものだ。南条はその話題が出る度に鼻で笑い飛ばした。ひとの精神で断絶された街、囲われた森、学園に根を生やしたものを思い出す都度、地下に潜ったくらいで途絶える電波が何とかしてくれたとは考えがたい。病弱な同級生の想い、また死して尚再び黄泉返ったあの男の執念は結局数年後に解決したのだから。 そして「彼」は言っていた。 『そんなに不自由しなかったじゃない』 と。 「kei、」 柔らかく音楽的な美声に呼ばれ、振り返ればサングラスを少し傾けながら微笑む桐島英理子が立っていた。長い髪を潔くボブにし、制服は仕立ての良いブランドのワンピースに変わっている。ただ好奇心の強い、茶の優った双眸は高校生の頃そのままだ。 彼女が軽く片手を振ると時代遅れの外産高級車が大きな車体を震わせ走り去って行った。桐島の手首で細いゴールドの腕輪がかちかちと歌う。造作の整った顔を小悪魔的にしかめて桐島は言った。 「ああいった車に乗ることで守られるものなんてnothingですのにね」 事務所が喧しくて、と続く言葉に肩を竦めてみせる。 「俺の車もあまり環境には優しくないな」 南条が寄り掛かるハーレーをしげしげと眺めて、桐島は品よく瞬きをした。そのままコマーシャルに使えそうな、模範的な首の傾げ方だと南条は思った。 「よくお似合いですわよ?それに乗せるとpromiseしたひとが居るでしょう」 「…あいつは遅いな」 答えは敢えてしなかった。質問ではなく確認の形をとっていたからだ。 「どうやら飛行機が遅れているようですわ」 こんな日に不粋ですわね、と素直に感情を出す彼女に笑みが漏れた。 「What?わたくし、何か変なこと言ったかしら」 「…随分嬉しそうだと思ったのさ」 「あら、keiこそ落ち着かない風に見えますわよ」 「…ふん」 くすくすと笑う桐島はひたすらに嬉しそうだ。ここが御影町でないことが唐突に不思議に思えた。米国へ飛んだ稲葉は明日戻ると聞いているし、休みの取りにくい上杉もこの連休は何とか工面をしたらしい。園村や黛、綾瀬と落ち合って先にレストランで待っている。半日仕事の城戸もおいおい着くだろう。連休の中日をぶった切る日程で、城戸の連れ合いには悪いと思う。年単位で久しぶりの同窓会なのだ、許して欲しい。 『…十年以上逢っていなかったようにも思えるし、昨日別れたみたいな気もするね』 新米の精神科医として忙しくしている園村麻希ははにかみながらそう言っていた。電話越しにも穏やかだが凛とした風情が伝わってきた。山岡ならば嫁候補のひとりに数えたかもしれない。 『結局賭けは南条くんとエリーの勝ちだね。残念』 彼がどちらの方角から帰ってくるのか、当てられた人間が迎えに行こうと賭をした。園村は西、と言っていたか。この手の賭には負けた試しがないとうそぶいてやれば、園村は、 『あのひとのことなら、でしょ』 などと。目の前で今だに笑う女のような声音で返してきた。腹立たしいことだ。だからどうしたというのだ、そんなにおかしいか! 「おい桐島」 「ふふ…何ですの、kei?」 「お前あいつにまだ告白しなくていいのか」 「……!」 「今度帰って来たらイギリスに連れていく約束もしてるのでな。行ったら暫く俺の仕事に付き合わせるからそのつもりでいろ」 桐島の柳眉が一気に跳ね上がったのを趣味が悪くも溜飲が下がった思いで見遣った。園村もそろそろ我慢がきかない頃合いだろう。今夜は前哨戦になりそうだ。 にやつく南条を桐島は早口の英語で罵っている。稲葉あたりには猿の耳に聖句、といったところだが、生憎桐島と同等に語学堪能な南条コンツェルンの御曹司相手では日本語でぶちぶち言っているのに大差ない。 改札の扉が割れ人がどっと流れ出て来た。笑いさざめきながら、あるいは無表情に過ぎていく人の中に、知った顔を見出だす。深く黒い髪は相変わらず跳ねて、片耳には彼のトレードマークのピアスが揺れていた。桐島が隣で小さく、吐息のような声で青年の名前を呟く。彼女のひめた想いが滲むその声を聞きながら、 南条圭は待ち焦がれた親友を迎えに、ゆっくりと体を起こした。 PR 2009/05/03(Sun) 18:50:29
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