どこにもいけない。
目下リンクゾーンにある『こつこつ』で絵の練習してます。
何を思ったか書いてしまったペルソナ4SS。カップリング未満…。陽介視点です。転校生第一印象(こういうものを書かないと、それこそ人間関係の妄想が落ち着かない・涙)。
主人公の名前は「国生せつら」です。 ■水銀の眼
陽介は拍子抜けしている。
「国生、宿題やってきた?」
「ああ、うん」
「お、ちょっと見せてくれよ~。俺今日当たりそうなんだよね、日にち的に」
「あ、俺も俺も!」
「どーぞ。字、読めなくても苦情は受け付けないよ」
「やや、余裕っしょ。大体キルケゴールの生い立ちについて、とかってほじくりすぎなんだよ、モロキンは。そんなんでねぇよ、受験にもよ~」
「ってか倫理って受験に使えんの?そこは世史とか日史とかさ」
人のノートを開きながらぶつくさ文句を言うクラスメイト二人を尻目に、国生は携帯を操っている。陽介は彼の背後に回り、後ろから覗き込んだ。
「隅に置けないな、ナニ?彼女?」
「彼氏」
くるりと振り向いた転校生の、色素の薄い瞳が陽介を追う。何かの折には白い光沢を放つ、水銀に似た色味を帯びる双眸が。ぎょっとした顔は発言故だと勘違いしてくれただろうか。陽介が思わず後ずさったのはむしろ、彼の、国生の視線に拠るところだ。
「冗談だよ。堂島のおじさん。堂島さんにメールしたんだ。今日の夕飯、一緒に食えますか、って。帰りに買い物行って、準備しようと思ってさ」
「あ、…ああ、堂島さんに、ね」
堂島や菜々子のことを話す時、国生の声や表情は穏やかな風になった。いや、もとより温和な気性の男なのだ。
国生が転校して来て数日経過したある放課後、慣れたか、と問うた答えは、簡潔な、「慣れた」との一言だった。諸岡はああした教師だから、転校生への質問時間などあるわけもない。事件も手伝って、お決まりの質問コーナーは、四限の後だったのだが、
『名前は国生せつら、出身は東京。転校前の学校?都立の普通科。部活は剣道やってた。八十神じゃ入れなさそうだから、どっか入るよ。いいとこあったら教えてください。えっと、趣味?』
首をちょっと傾けて目(あの黒目が溶解したような不思議な色合いの目だ)をきゅ、と細める。女子がひそひそと内緒話をしている。彼女とか、東京に置いてきてんのかな。遠距離恋愛?やだ、いいなぁ。
『趣味は、転校、かな?』
一週間も経たない内に稲羽に慣れたというのは、あながち冗談でもないのだと分かってしまった。まるで去年から居たみたいにクラスメイトとお喋りに興じ、ノートを貸して遣ったりしている。席近くの連中とは登校帰校の挨拶を当たり前のように交わす。転校が趣味だと言うのも、本当かもしれない。話しかけられると僅かに驚いたように目を見開いて、それから屈託なく笑う。なに、と問いかける声音は高すぎず、低すぎず、まろい。姿勢は良く、身振りは流れるようだった。その癖、取っつきやすい。
少し気をつければ、国生の身につけている物が割にいい品であることは見てとれた。「街」と皆が言う稲羽の先でも購えない品物。大都市の百貨店で置いてあるような時計や、リング、革靴や鞄。品が良い、とはこういうことを言うのだろうか。雪子とはまた、違った種類の上品さがある。
雪子は稲羽出身なのに、何処か、浮いている。彼女自身にも馴染もうという風はない(そうした思考の持ち主ではないのかもしれない)。雪子は友人の、里中を通じて学校や、同級生と繋がっているような印象があった。彼女の容姿や佇まいに惹かれて声を掛けたこともあったが、つれない態度でかわされてしまった。陽介に対してどうこう、というよりも、里中以外の関係性を求めてないように思えた。
眼前の転校生は特にすれたところもなく、この土地を田舎だと馬鹿にするでもない。陽介のようにメーカー物のヘッドフォンをこれ見よがしにぶら下げてみたり、派手なペイントの自転車を乗り回すこともない。ブランド物の腕時計を身につけ、シンプルだが値の張りそうなストラップ付きの携帯を弄くりながらも妙に馴染んでいる。一年前の自分とは大違いだ。
転校して暫く、陽介は稲羽での、己の立ち位置を見出せなかった。都会からの転校生というレッテルは時間と共に消えたが、余所者扱いは終わらず、陽介自身、住み慣れていた街への未練を完全には捨てきれないでいた。『大型スーパーの店長の息子』という立場が良く作用したことはない。町の人々はジュネスに通う癖に、裏で、時に面と向かって悪口を言う。文句を言うなら、使わなければ良い―――と、言うことは出来ない。夜遅く、バックヤードで本部と端末で遣り取りをしている父の姿が浮かび、気付けばアルバイトやパートから出る、不満の一時対応なんてやってしまっている。
そうして時間が経って、陽介もジュネスの社員にでもなって、父の仕事を手伝うのだろうか。大都市の激戦地より、稲羽のような田舎の方がいいのだ、と父は言う。娯楽が無いから年寄りも子どももジュネスに集まってくる。誰かは誰かの知り合いなので、万引きもそう多くはない。ああいった犯罪はお互いへの無関心が助長するのだそうだ。
畑や雑草の生えた空き地を押しつぶして出現したスーパーは、一年経った今でも、そして陽介の目にすら、異国の軍が占領した砦のように映った。地元の人間には一層、そうだろう。稲羽の人間は、いつかジュネスの存在を受け入れると思う。畢竟、ひとなんてものは利便性から逃れられるわけがない。だが、自分は国生みたく、慣れた、と言える日が果たしてくるのだろうか。
学校に行って、勉強して、近くの大学の商業科に行って、卒業する。稲羽に戻ってきて、親の後を継ぐ。陽介は、此処から出られない。
此処から出ることは出来ない。
「花村んちに行くよ。一回戻って菜々子が居たら、連れてこうかな。あのこ大好きだからさ、ジュネス」
侮られず、恐れられもせず。彼のようであれば、自分も生きやすいのだろうか。軽く手を振って携帯の蓋を閉じた国生の、形の良い唇が自分の名前を呼んでいる。
「花村?おーい、大丈夫かー」
この男は此処から容易く出て行ける、陽介にはそれが分かる。来た時と同じように、出て行く時もきっと、颯爽と。何処も変わらず、変えられず、スマートに、陽介には無い器用さで。
てろりとした質感の、ある種捉え所の無い瞳が陽介の顔面を一頻り舐めて、逸らされていった。 でくの坊のように、彼の脇に立ちつくしている。 PR 2008/08/20(Wed) 21:08:03
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