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どこにもいけない。 目下リンクゾーンにある『こつこつ』で絵の練習してます。
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2025/07/17(Thu) 06:40:37
 下の陽介SS、主人公視点版。キルケゴール話にしようと思ってたんだけど、脱線しかけたのでやめました。大体転校してきてからさ、延々とキルケの話をする奴なんて、陽介寄りつかないよ…。
主人公の両親がちょっと出てきます。あと転校過多設定は俺設定です。すみません…。

□さよならストレンジャー
 
 陽介が何処を見ているのか、せつらには痛い程に分かっていた。大体、陽介は演技がうまくない。彼の感情の大部分は外へ漏れているし、そうしたものに聡くあるのは、せつらにとって処世術の一つだ。珍しくも即返ってきた堂島のメールは、無理だ、先に食べていてくれ、菜々子を頼む、と簡潔な文章で、せつらも分かりました、気をつけて帰ってきてください、と返信する。刑事に対して気をつけても何もないのだが、そこは社交辞令だ。
 
『お前、子どもっぽくないな』
 一年間を過ごす家に案内される途中、突然襲われた目眩を騙し騙し、後部座席へ座るせつらへ、叔父はそう言った。大人の目線故か、それとも(今からすれば)刑事という生業故なのか、何気なく放られた一言は鋭くて、せつらは失笑するしかない。
『ほれ、今笑ったろう。そういうところだ。そこは笑うとこじゃないぞ、普通』
『あ、すみません』
『…謝るところでもないだろう…』
 遼太郎はね、と母の声が囁きかける。わたしと違って正直だし、ヒネることはあっても天の邪鬼じゃあないから、あなたはきっとうまくやっていけるわ。
『母さん、これ、また新しい鞄買ってきたの』
『持って行きなさい。時計、エポスの新作だからこれもつけて。靴も出しておいたわ。クレモナで選んだからサイズは大丈夫でしょう』
 拝金主義、ブランド主義、では無いのだが、母が買い与えてくれるものは高価なものばかりで、社会人だって買うのを躊躇うような品もあった。見晴らしの良いスイートで、夕食朝食付きの一泊が出来てしまいそうな傘、を、渡された日の恐怖は今でも身に憶えている。
『あなたはそうでもしないと、忘れるでしょうから。それにきちんとした恰好をしておけば、馬鹿にされることなんてないし、日頃から身につけておけば自然と馴染むものなの。こういうのはスタイルなのよ。とても大切なことなの』
 父は咎め立てもせず、トランクの脇にスーツケースを寄せて、まだ包装されたままの腕時計を手に、固まっている息子を一瞥した。
『良い物を使うということは、物の真贋を見極める良い訓練になる』
しんがん、と繰り返すと、言葉の意味を知らないのかと思ったのだろう、
『本当と、嘘が分かるようになるということだ』
 
別れを惜しむ風など期待するべくもなく、両親を見送って、後に残されたせつらは当座の生活費と送るほどではない細々としたものを昨年、母が買ってきたボストンバッグに詰め込んだ。時計は迷った末に、鞄と一緒に自分の部屋の、天袋へ押し込んだ。母が高価な品物をせつらに宛がう理由の一つが忘れ物防止であるなら、新しい時計やら鞄やらを増殖させていくのは話が違うだろうと思う。ファッション雑誌から切り取ってきたみたいに、服飾品、小物、一通りが揃えられるのは、いつだってせつらが転校する時だった。
 がらんとなった5LDKのマンションをのんびりと見遣る。この部屋には一年間、人が戻らない。時々空気を入れに、雇われた人が訪れるだけだ。一年経ったところで、別の街に引っ越す可能性も否定出来ない。そうした生活に文句を言ったり、駄々をこねたりする時期は、既に通り過ぎてしまった。母も、父も、仕事をしている時は清々しい程生き生きしていて、息子は涙を流す代わりに苦笑いすることを憶えた。父曰くの『本当と嘘』を見分けるちからを手に入れたのかどうかは、不明である。
 
 侮られるな、と母は言い、見極めろ、と父は言う。せつらは取りあえず、すべてを観察することから始める。性急にしない、だが、鈍重にならない程度には反応する。100パーセント、相手の望むようにする訳ではないが、彼の選択は大体、相手の不快を買うことはなかった。
やれやれ、と思う。これじゃあ中に何も詰まってない、からっぽか、鏡か、ギリシャ神話のエーコーみたいなものだな。ただわざとではなく、自然に行動する結果なのだから、おそらく、自分という人間は、からっぽで、鏡で、乞われた事を反響する性質、なのだろう。
『姉さんの子育ては壮絶だと思っていたが、結果を目の当たりにすると溜息がでる。苦労するな、お前』
 言葉尻は容赦無いが、声音に労う風があって、せつらは微笑んだ。車の鏡越しに、菜々子と目が合う。笑いかけると小さな頭が窓際に揺れた。
『それなりに、楽しんでるんです。父も母も、突拍子も無い人だけど、堂島さんに預けられる、って聞いてちょっとは心配してくれるんだって分かったから。短い間だったら一人暮らししろって言いかねない人たちです。実際したこともあります』
『…高校一年生にそれを要求するとは、姉貴め』
短髪をがりがりと掻きむしって堂島は呻いた。それから思い出したように付け加える。
『堂島さん、は妙だろう。せめて叔父さんと呼べ、お前だって今日から堂島さんちの国生さんになるんだからな』
『どうじまさんちのこくしょーさん?』
『菜々子は、堂島さんだ。後ろのお兄ちゃんは、名字、違うからな。…あ、表札、足しておいた方がいいのか。田舎だから大丈夫だとは思うけどな』
 
 かくして堂島さんちの国生さんとなったせつらは、クラスメイト二人がぎゃあぎゃあ言いながら取り合っているノートの、端がひらひらと舞う様を、自らの抑揚の無い字(母はそう評する。字の大きさが揃っていて、止め払いの強弱が薄い)が綴られた紙面を眺めた。陽介はぼんやりと隣で立ちつくしている。彼の口からは既に、言葉が失われている。
制服の袖を引っ張って腕時計を隠した。スイス製の、二つ前のバージョンの時計。これを渡されたのは中学生の時で、三年間で二回、転校した。
「キルケゴールって、『教会の庭』って意味なんだよ」
 びくん、と陽介の肩が振れる。
「えっ、おっ、あ?」
 努めて口の端を引き上げて、敵意はないのだと、君と話しがしたいのだという意思表示を笑みに滲ませると、陽介の顔が一気に崩壊した。まさに崩れたというに相応しい、脱力した表情である。口なんて半開きで、せつらを前にして此処まで緊張している人間を初めて見た。
「―――花村、課題やってきた?」
「……いや、正直全然出来てねぇ。実は俺も見せて貰おーかと思っていた」
「オーケー。倫理、五限だから昼飯でも食いながら写す?」
「おっ!マジで?」
上向きになると、彼の元気は天井知らずのようだ。犬みたいだな、と思う。茶色の洋犬。中型で、毛足の長さはほどほどだ。
「助かるぜ、友よ!」
「じゃあ交換条件。今日夕方ジュネスに行くから、野菜八割引にして」
「んなこと出来る訳ねーだろ…」
「冗談だよ」
(「……それから、懐っこくて、淋しがり。」) 
間髪入れずに言い捨てると途端に困惑顔になった。どうにもこうにも、この花村陽介に対しては余計な一言を足してしまう。せつらを前にした時、陽介が見せる羨望とも、嫉妬ともつかない、空虚な追求。何かを探しているのだ、多分、彼は。せつらはただのストレンジャーなのに。
 
  ―――あなたは、近く、重大な選択を迫られるでしょう。その結果によっては、あなたの『先』は闇に閉ざされてしまうかもしれません。
 
「…国生?」
「なんでもない、よ。……あ、そこ、ノート持ってくなよー」
 
 いつだって、決めるのは自分ではなかった。やれやれ、とせつらは内心で繰り返す。どいつもこいつも、一体俺にどうして欲しいんだ。考えて、決断するのはやぶさかではないが、後で文句は言うなよ。判決の木槌を自分に持たせるということは、要するに、そういうことなのだ。
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2008/08/20(Wed) 21:10:48
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